東京高等裁判所 昭和44年(う)1425号 判決 1969年11月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
水戸地方検察庁領置の漁網一統(同庁昭和四三年領第九九八号)は、これを没収する。
原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
<前略>
論旨は、原判決には法律の解釈、適用を誤つた違法があるとし、その理由としては、要するに、原判決が、水産資源保護法(以下法という)第二五条にいう「採捕」の意義について、刺網等を使用し鮭を捕獲し得る行為すなわち採捕行為は右採捕に当らないとしたが、同法条の採捕の意義は、これを目的論的に解釈し、鮭を採捕する目的を以て採捕の方法を行うことすなわち採捕行為と解すべきであるといい、その解釈の正当性を詳細に論述しているのである。
よつて、按ずるに、凡そ水産資源保護法の如き刑罰法規はその行政目的に応じた特殊の社会生活秩序を規制するものであるから、その法文の用語もその立法目的に照らし目的論的に解釈するのが相当であるところ、右法第二五条の立法目的は、内水面にさく上する鮭の産卵、繁殖を阻害することを禁じてその保護育成を図ることにあると認められるので、鮭を採捕してはならないとする趣旨は鮭を現実に捕獲する行為は勿論これを捕獲するための各種の行為すなわち採捕行為をも禁止しているものと解するのが相当である。(東京高等裁判所昭和四四年一〇月二〇日判決参照)而して、刺網を河中に入れるような採捕行為をしただけであつても、鮭を脅かし、傷つけ、或いはそのさく上することを妨害する等の弊害を生ずることは容易に推認し得るところであるから、原判決のように、右のような採捕行為が、その行為の性質上法二五条の保護法益を侵害したとはいえないというのは当らない。又、原判決は、右採捕行為が法二五条の保護法益を害しない論拠として、同法条においても、同一水面において鮭を捕獲し得る行為をしたとしても、他の水産動植物を採捕することは敢えてこれを禁止していないので、たとえ鮭を捕獲する虞れがあるとしても、かかる行為自体はこれを問題にしていないから、同法条は右のような採捕行為しただけでは、未だ右の保護法益を害するには至らないとする法意であると解するのが相当である旨説示しているけれども、法第二五条が鮭のみの採捕を禁止しているのは、同条がさく河魚類の保護培養について規定した法第二章第三節におかれていることによるもので、このことから直ちに同条の法意が鮭の採捕行為のみでは未だ右の保護法益を害するに至らないとする法意であると即断するのもまた当らない。
尚、法律の実効面においても、法第二五条の採捕には本件のような採捕行為は当らないと解するならば、一面において、鮭の資源保護の立場からその採捕を禁止しながら、他面において、違反者が本件のような採捕行為をしていても、現実に鮭を捕獲するか、又は鮭が刺網にかかるまではこれを規制することができないという事態が生じ、折角の立法目的も失われ、法律の実効も期し得られなくなるという不合理な結果を生ずることになるのである。これを要するに、原判決には所論のような法律の解釈、適用の誤があるので、論旨は理由がある。
よつて、本件控訴は理由があるので、刑法第三九七条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において本件につき更に判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人に対する起訴状記載公訴事実と同一であるから、これをここに引用する。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中、法定の除外事由がないのに、内水面においてさく河魚類たる鮭を採捕した点は水産資源保護法第二五条、第三七条第四号に、法定の除外事由がないのに、刺網により水産動植物たる鮭を採捕するにつき知事の許可をうけなかつた点は茨城県内水面漁業調整規則第六条第三号、第三七条第一項第一号(なお、いずれも罰金等臨時措置法第二五条)に各該当するところ、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、重い前者の罪に対する刑に従い、所定刑中罰金刑を選択し所定罰金額の範囲内において、被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条に従い金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、主文第四項掲記の物件は本件犯行に使用したもので被告人の所有に属するものであるから、水産資源保護法第三八条本文によりこれを没収し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し全部被告人に負担せしめることとし、主文のとおり、判決する。(井波七郎 足立勝義 酒井雄介)